『━━━━━臨時ニュースです。今日未明、ドマイ・アンペンの街で、  強盗事件があったとの情報が入りました。  犯人はまだ捕まっておらず、現在も逃走中であるとのことです━━━━━』 …つけていたテレビから、その報道が聞こえてきた直後、 読んでいた本をパタリと閉じて、白と黒の色が混同した長髪の大男…、 スキーマがテレビへと視線を移した。 …もう、これで何件目であろうか。ここ最近、 どうもこのような凶悪犯罪が多いような気がする。 先週でも、片思いの男性とその知り合いを狙った連続殺人が起こり、 その更に前の週では、野良猫や野鳥と いった動物が大量虐殺されたという。 「…随分と、物騒な世の中になりましたね。  私が幼かった頃は、こんなに事件が  起こるということは、なかったのに」 臨時ニュースの報道が続くテレビを見ながら、小さく溜息をついた。 自分が幼かった頃から、一体この世界はどう変わってしまったのか。 …臨時ニュースが終わると、 本を読んでいた椅子からスッと立ち上がった。 そうして、本棚から本を取り出し、 手にするとまた座って…本を読み始めた。 「強盗、殺人、虐待…。いずれも連続で起こっておられる。  …犯人の心情はいかなるものなのか。それを突き止めない限り、  真の意味での解決はできなさそうですね」 本の文章を目で読みながらも、その内容とは異なる台詞を呟いた。 そのときの顔は、深刻そうであり、同時に呆れたようにも見えた。 …自分の職業上、研究の材料にはなりそうではあるが、 正直なところ…、自分1人だけではやや危険でもある。 それにも関わらず、自分の元には、 『この犯人の精神分析を行ってほしい』 『犯人の過去を掘り出し、有効な手段を教えてほしい』 …という依頼が来ることがある。尤も、 そういう仕事をすることで生計を立てているため、 余程の理由がない限りは断らないようにはしているものの、 一度にたくさんの依頼が来るとなれば…、骨が折れる。だが…、 「…いえ、寧ろここまで続いておられるというのは興味深い。  私も、独自の調査を行うことにしましょうか」 本を読んでいるその口元が、緩んだ。 少しだけ楽しそうにし始めたスキーマが、 読んでいる本を片手で持ち、 書斎のドアへと視線をやった。すると…、 『━━━━━コンッ。コンッ…』 ドアの向こうから、ノックする音が聞こえた。 まるでこの音が鳴ることがわかっていたかのように、 スキーマが微笑んで、声をかける。 「………どうぞお入り下さい」 『………』 『━━━━━ガチャ…』 【調査と取引】 「…スキーマ。我輩だ」 スキーマの了承の声を確認すると、 書斎のドアが僅かに開けられ、 間から青い瞳と金髪がチラリと見える。 やがて、人が入れる程度にドアが開けられると、 スキーマよりは小柄で、だが背の高めの男…、 スドが書斎に入ってきた。 …入ってきたスドに、スキーマが首を傾げる。 「おはようございます、スドさん。…何か御用ですか?」 「ううむ…」 …電話でのアポイントも取らずに、一体どうしたのだろうか。 内心、現れたスドに疑問を抱きつつも、 スキーマが問い掛けてみると、スドからこんな答えが返ってきた。 「お前も、先程の臨時ニュースを見たか?」 「臨時ニュース?………連続強盗事件のことでしょうか」 「さすが、わかっておるようだな。それで…、  その事件のことで伝えておこうと思っておることと、  少し頼んでおこうと思っておることがあってな…」 「伝えておくことと、頼んでおくことですか?」 「あぁ…」 …顔をしかめ、とても悩ましそうにそう言ったもので。 スドのこの態度を見て、スキーマも 気になったらしく、どうする気なのかを尋ねる。 「強盗事件そのものの追究はしかねるとしまして…、  一体、どのようなことをなさるおつもりで?」 「…実は、その犯人らしき男とすれ違ったような気がしてな…」 「えっ?すれ違ったですって?」 深刻な顔をしてそう言った。確信できていないのか、 やや躊躇いを見せながら発せられたその台詞だったが、 スキーマは怪訝そうな顔をし、立ち上がってスドの方を向く。 「それならば、先に警察に知らせるべきでしょう?  …それは、行ったのですか?」 「勿論だ。すれ違って冷静さを失いつつあったものの、  知らせずにここに来る程我輩も愚かではない。  …大まかにしか教えられていないがな」 「そうですか…。それならば良いですが…。  …けれども、そうしておいてなぜ私のところへ?」 「それなのだが…。すれ違った犯人のことを、  お前にも知らせておこうと思ってな」 「私に?」 ここに来るより先に、知らせるべき者達には伝えたのか。 聞いてみると、それは確かに行われたらしい。 ならば、後のことは警察に任せておくのがいい。 そう感じたが…、自分にも何か話す気でいるようだ。 相槌を打つスドの答えを、スキーマが待つ。 「…犯人の特徴をお前に話しておけば、  お前の研究材料にもなり、犯罪の減少にも繋がると思ってな。  強盗犯は、我輩のような貴族を狙っておるという話も聞いた。  …お前なら、役立ててくれるだろうと思う」 「さようでございますか…」 「まぁ、おかしな理屈かもしれんがな」 …自分への奉仕と依頼が前提か…。 目を伏せながら言ったスドに、スキーマも考える。 すると、一瞬ニヤリと笑ってから…微笑して答える。 「…わかりました。丁度私も、この事件と犯人に対して  興味を抱いておられたところです。…ご依頼、お承りましょう」 「おぉ!調べてくれるか!」 「えぇ。仰せのままに」 軽く御辞儀をして答えると、スドも嬉しそうに声を上げた。 「…どれほどの情報が手に入り、  時間がかかるかは今のところわからん。  スキーマよ。依頼料はいくらになるのだ?」 「ご料金?…いいえ、頂きませんよ。何せ私も、  元々ご興味を抱いておられたことですから」 「何!?それは誠か!!?」 「はい」 ━━━━━太っ腹なのか、それとも後で何かを起こすつもりなのか…。 内心動揺しながらも、自分にとっては不利ではない スキーマの答えを聞き、それならばとスドも文句は言わない。 「…わかった。それならば我輩の方も納期は設けん。  無料なのにそんなことをするのは、不公平だからな」 「ありがとうございます。それならば、余裕を持って調査ができます」 スドもそう言うと、スキーマも笑って頷いた。 互いに取引をしたその後に、スキーマが再度スドに尋ねる。 「…スドさん。犯人の外見がどんなものだったのかを  覚えていらっしゃいますか?」 「そうだな…。確か黒い髪にセピア色の装束、  あとは…紫色のスカーフで口元を隠しておったな。  顔の特徴はわからんかったが、  少なくとも…老人ではなかった感じだ」 「そうですか…。…ありがとうございます。  ただ、あと1つ気になることとしては…。  …スドさん。そのときの犯人の表情や様子は、  どのような感じだったのです?」 「表情と様子?」 「えぇ。例えば、険しい顔をしておられたとか、  切羽詰まった感じであったとか。  …スドさんが感じたままにお答えして構いません」 「ふむ…。言われてみればそうだな…」 一見、そこまで重要なことでもないように感じた。 スキーマが、なぜそんなことを尋ねるのか。 内心疑問を抱くものの、これもおそらく 依頼のうえでの問い掛けなのかもしれない。 スドも、覚えている範囲内で答える。 「何せスカーフで顔を隠していたのだ。  表情はよくわからんかった…。  …だが、その犯人かもしれん者には、  少なからず余裕があるように見えた」 「…?…余裕、ですか?」 「うむ。急いでおる様子ではなかったな」 「………」 スドの答えを聞いて、スキーマが不思議そうに首を傾げた。 目を細め、眉を寄せ、怪訝そうな顔でスドの方を見る。 だからといって…、目撃者であろうスドに、 嘘は言っていないだろうかと疑うことは失礼だと思ったが…。 対するスドは、まっすぐに自分を見ている。それならば、 スドの方に裏や後ろめたいことがあるわけではないだろう。 …それならば、疑いの念を口に出すことは止めよう。 答えてくれたスドに、スキーマが頭を下げる。 「情報のご提供、誠にありがとうございます。スドさん。  後のことは、私の方で調べてみます」 「おぉ!そうか!期待しておるぞ!  なんだったら、我輩が通報した警察にも、  お前のことを伝えておこうか?  その方が、再発防止にもなると思うのだが…」 「えぇ、是非。そうしたならば、犯人が逮捕された際に、  私も直接お会いすることができましょう」 「あいわかった!」 了承した際に、スドからも提案をすると、 スキーマも少し嬉しそうに頷いた。 そのように取引した後に、スドが部屋から出ていく。 「では、頼んだぞスキーマ」 「えぇ。お承ります」 最後に挨拶を交わし合うと、スドが部屋から出ていった。 ………。 「…黒い髪に、セピア色の装束、ですか…」 スドが、自分の部屋から去ったその後に、本棚から、 先程読んでいた物とは別の本…否、日誌を取り出し、開く。 前に読んでいた本を一度元の位置に戻し、 経った今開いた日誌の内容に目を通す。 ………その日誌には、現在逃亡中の犯罪者の姿と名前が載っていた。 「スドさんからお伺いした犯人の特徴と一致するお方は…。  …もしかしたら、このお方なのかもしれません」 …老人ではなかったのなら、あと考えられるのは、 中年か、青年か、そして…少年か。 特別、治安が悪いわけではないものの、 犯罪発生の確率がなぜか高いこの世界。 過去に、罪を犯した犯人について、 日誌を通して調べるということも、 そこまで難しいことではないのかもしれない…。 …犯罪者1人1人の名前に指先を当て、順番に調べていく。 そうしていくと、ある1人の青年の名でピタリと止めた。 「…スドさんが言っておられた犯人は…、  彼である可能性が高いですね…。このお方は、確か━━━━━」 『━━━━━何をそわそわしているんだって?  …ふん、別に落ち着かないわけじゃないさ。  ただ、今にも手に入りそうだから、楽しみなだけだ。  今まで、何の不満のなさそうに過ごしてきた  やつらには、わからないだろうけどな。  …あぁ、そうだよ!おまえのことだ━━━━━!!』 「━━━━━…命よりも金、心よりも金…」 …その彼が、まだ捕まっておらず、 連続強盗事件を起こしたということなのだろうか。 もしそうだとしたら、警察はどうするつもりなのだろう。 弁護士や検察、そして裁判官はどうするつもりなのだろう。 ただ単に、法に従い裁けば良いというわけではない。 スキーマには、そんな気がしてならない。 「…大金を得ることは、時に価値観を狂わします。  一体、そんなに強盗行為をして、  どうなさるおつもりなのでしょうか…」 ある名前を指差しながら呟いていると、 いつしか…、スキーマは無表情になり、 話す声も淡々としたものになっていった。 …このようなものを真に救うには、どうすればいいのだろうか。 いいや、そのことはもう…スキーマの中で答えは出ているが…。 「…これからも、ニュースや新聞を通して様子をお窺いしましょう。  それで…、もし犯人を警察よりも先に見つけたならば…」 …その先は、声に出さなかった。だが、 なぜかニヤリと笑みを浮かべている…。 「この調査、楽しそうですね………」 そんなことを呟いて、顔を上げた。 部屋の窓の向こうに見える空を見つめ、 脚を組んで座り、目を細めた………。 END